TOP よみもの 連載 【連載】サンタ・テレサ女学院の鍛鉄扉

【連載】サンタ・テレサ女学院の鍛鉄扉

グエル別邸にあった王立ガウディ研究室で博士論文を準備していた1990年3月のある朝、カルメン・ロデスというシスターから声をかけられた。側にいた研究室のホワン・バセゴダ教授(1930 – 2012)からの紹介であった。この研究室には数少ないガウディ自筆の作図が保管されていただけではなく ガウディに関する文献や研究論文も世界から寄せられていた。

この研究所には毎日通い、バセゴダ教授も自由に利用させてくれていたので、私の第二の実家といってよい状態だった。また教授も、時に私に作図を依頼してくれることもあった。教授はガウディ研究の第一人者としてだけでなく、世界遺産を審査するICOMOS(国際記念物遺跡会議/International Council on Monuments and Sites)の最初の審査委員であり、また当時のベネチア憲章を決めた委員のひとりでもあった。

1980年、国費留学研究生として研究所に籍を置いて以来、ガウディのことで何かあると教授は必ず“ヒロヤ”と声をかけてくれていたし、研究室では誰かの誕生日となるとささやかなパーティーが開かれ、とても家族的な雰囲気がある研究室だった。そのために自宅のような、先に述べたような“実家”のような雰囲気が漂っていた場所であった。

そこで出会ったカルメン・ロデスさんは、サンタ・テレサ女学院の美術の先生であり、陶芸家でもあってその研究をしていると説明してくれた。

サンタ・テレサ女学院の1階部分は、建築家ジョアン・バウティスタ・ポンス・トゥリバルにより建てられていたが、1889年にガウディが引き継いで完成させたものだ。

私は彼女がサンタ・テレサ女学院で過ごされているとき、「実測したいのですが、無理でしょうか」と尋ねたところ、ニコッと笑顔で快諾してくれた。それで3月14日の朝、彼女のいるサンタ・テレサ女学院で待ち合わせた。

しばらく待合室で待っていたところ、院長のホセ・フィーナ(ペパ)さんとともに現れ実測の件を口頭で承認してくれた。早速その日、絶対に無理だと思っていた屋上階に上がらせてもらえたうえ、パラペットと立体十字架を実測させてもらった。

サンタ・テレサ女学院の南側ファサード

この学校の南側ファサードの突き出したトリビューンの下部に、放物曲線のアーチと鍛鉄の格子扉がある。そしていつも鍛鉄扉は開いている。

その鍛鉄扉は非常に巧妙な鍛鉄細工をもち、この学校を象徴していることが理解できる。実測し始めたころはあまりにも造作が細かすぎて、作図も手間がかかるかなと思っていた。ところがその女学院の由来を調べているうちに、この鍛鉄のデザインは決してガウディの気まぐれなどではないことに気がついた。そこで気合を入れ直して実測を済ませたのだが、その作図作業はとても興味深いものとなった。

ガウディの父、フランシスコ・ガウディは伝統職である鋳掛を専門とする職人であった。幼いころからガウディは父の工房に通いつめ、一枚の銅板から調度品が出来上がる光景を見続けていた。ガウディが父を自慢する言葉は協力者との会話からも見てとれる。ガウディは父の跡を継がずに建築家として人生を進めるが、彼の生き方や創作過程はまさに父フランシスコが守ってきた伝統職の真髄をしっかりと受け継ぎながら、建築で応用しながらデザインへと昇華させていることが徐々に理解できるようになった。従って彼の十八番のひとつである鍛鉄扉のデザインのなかで、この学院の始祖ともいうべきサンタ・テレサの精神性を演出していることがわかったのだ。

サンタ・テレサ学院の内装

サンタ・テレサ学院の名前はテレサ・セペダ・アウマーダ(1515 – 1582?)に由来する。神秘主義思想を持ち、16世紀のスペインにおけるローマ・カトリック教会改革に尽力した人物だ。修道院で病を得て危篤状態に陥ったが奇跡的に回復した経験をするなかで、恍惚状態を体験。これをきっかけにさらに神秘的な価値観を広げ、「天使によって心臓が槍で突き刺されるような思い」という言葉を残す。

この歴史的な物語を受けて、ガウディはセント・テレサ学院のモチーフに”バラと矢の刺さったハート”を採用した。

とくにイバラの冠とハートは、キリストの受難をサンタ・テレサも同様に体験していることを示し、矢が刺さっているもうひとつのハートはキューピットによって放たれた矢ではなく、「心は打たれた」という解釈となる。神に心を打たれ、神の世界に尽くした生涯のその象徴としての演出である。

そしてガウディらしさという点で、彼の一連の作品によく見られる螺旋の意匠がフラットな鉄のバーをねじったかたちで取り入れられていることも見て取れる。彼はこの螺旋に秘められた特異性を自然の中に見出し、彼の作品のなかで構造や彫塑、そして門扉などで生かす。門扉をじっくり見ていると、そんなガウディらしいデザインであることにも気づかせてくれる。

画像/PIXTA(サンタ・テレサ学院の南側ファサード鍛鉄扉を除く)

この記事について問い合わせる

書き手:田中 裕也

あわせて読みたい