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【連載】グエル別邸の鍛鉄の扉

実測家、建築学博士として知られ、現在もバルセロナに住んでガウディのディテールを研究する第一人者である田中裕也さんに、今後10回程度にわたり、ガウディのディテールや部品のことについて寄稿していただくことになりました。これからの連載、乞うご期待して下さい。

田中裕也さんの紹介

19世紀から20世紀にかけアール・ヌーヴォー期のバルセロナを中心に活動した建築家アントニ・ガウディは、あまりにも有名ですね。サグラダ・ファミリア(聖家族教会)・グエル公園(1900 – 1914年)・カサ・ミラ(1906 – 1910年)をはじめとしたその作品はアントニオ・ガウディの作品群として1984年ユネスコの世界遺産に登録されています。建築を志す人であれば、一度はバスセロナを訪れ、ガウディの作品に触れたことがあるのではないでしょうか。

小職は相当年齢がいってから初めてその作品を生で見て、その創作性に度肝を抜かれてしまいました。また100年以上も前に実現していた建築の工夫やディテールが、今もなお世界中で描き換えられながら、思想そのものが脈々と受け継がれていることに自分の無力ささえ感じてしまいました。もし、小職が若い時にガウディの作品に接していたら、その圧倒的な存在感に怖気づいてしまい、建築の世界に目を背けていたかもしれません。

さてここで小職のような小市民とは違い、半生をかけてガウディに立ち向かったひとりの御仁を紹介致します。

実測家、建築学博士として知られ、現在もバルセロナに住んでガウディのディテールを研究する第一人者である田中裕也さんです。田中さんとはフェイスブックで知り合い、何度かメッセージを交換しているうちに親交するようになりました。

田中さんには、今後10回程度にわたり、ガウディのディテールや部品のことについて寄稿していただくことになりました。読者の皆様、乞うご期待して下さい。

文:漣


田中裕也さんのプロフィール

  • 実測家、建築家・工学博士
  • バルセロナ在住
  • ガウディ建築物の実測と図面化。実測からガウディ・コードを発見。ガウディの煉瓦構造の応用で北海道江別市のモニュメントBT1を計画設置
  • ガウディ生誕の町リウドムスでアルブレ広場の改修計画実施、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工
1952年9月30日 北海道稚内市生まれ(68歳)
1978年 バルセロナ渡航
1986年 「ガウディ建築実測図面集」(彰国社)を出版
1989年 ガウディ・クラブ文化協会設立(バルセロナ)
1990年 オリオック有限会社設立(バルセロナ)
1992年 カタルニア工科大学にて建築家・工学博士号を取得
2001年 “カサ・ボスク住宅計画”(マスナウ)竣工
2004年 江別市セラミック・アートセンターに”BET-1”竣工
2007年 “アルブレ広場増改築計画”オープニング
2012年 「実測図で読むガウディの建築」(彰国社)、“北山幼稚園”竣工
2013年 「ガウディ・コード、ドラゴンの瞳」(長崎出版)
2016年 第10回ガウディ・グレソール賞
2018年 全国日本学士協会、アカデミア賞受賞
2019年 寺田倉庫、建築倉庫にて「GaudiQuest」展示会

ガウディの詳細1 ~ グエル別邸の鍛鉄の扉

鍛鉄ドラゴン

ガウディの言葉に”芸術作品は、全てが魅力的でなくてはならない。(つまり世界観があり、全てに解放され、無信仰でも理解出来る)作為的にオリジナル性を求めようとするとその魅力を失い芸術性がなくなる。”
ここでガウディが言いたいのは奇を衒うことではないということである。

にもかかわらずガウディの初期の作品となるグエル別邸(1883−1887)での鍛鉄のドラゴンの扉はどうしたのだろうか。まるで奇異としか言いようがない。これをどのように理解せよというのか。そのように初めてガウディの作品を見た時の印象はどの作品も非常に抵抗があって全てが装飾だと思っていた。まるで日本の鯱鉾にも見えるかもしれないが実際はそうではないということが年月をかけて実測し作図することで実感するものが見えてきた。これはギリシャ神話の英雄伝に登場するエスペリデスの園を守衛する有翼ドラゴン「ラドン」であることを故ホワン・バセゴダ教授のゼミで聞いたことを想い出した。彼の執筆した「巨匠ガウディ」(1989年)の本でも詳しく説明している。

鍛鉄ドラゴンのディテール

つまりガウディのデザインしたこの鍛鉄ドラゴンを地元の鍛鉄工パジェ・ピケットが再現しのだがガウディは気まぐれにこのドラゴンをデザインしていないということがガウディの日記からも読み取れるようになってきたのだ。

次第に実測、作図、翻訳、そして検証を繰り返すうちに当初の印象が薄れていくことを感じ始めた。

そして私の中に芸術の奥深さとガウディが「建築と芸術」にかける信念の深さが見えるようになってきた。

ものを作る人たちというのは、まず何のために、どんな形、そして何をそこで演出しようとしているのかということを表現する。次に少数の人たちはさらにあるメッセージを盛り込む。

この鍛鉄ドラゴンの扉があるグエル別邸は、私が毎日のように通った場所であり、ここには2009年まで王立ガウディ研究室があった。世界からガウディの研究者達が集まる場所でもあった。

私は1980年から2009年まで我が家のようにして毎日通っていた。そこにはガウディ研究の世界的な第一人者、ホワン・バセゴダ教授が管理していた。その研究室に毎度通っていると次第にそのドラゴンにも親しみが持てるようになっていた。

有翼のドラゴンは、メタル・メッシュで作られた透かしの羽の様である。コウモリの羽根のようにも見える。体は鉄板に丸鋼のコイルが巻きついて尻尾にローマ時代にグラディエーターが利用していた様な棘つきの玉がぶら下がっている。守衛しているのだから武器を持ってのドラゴンということになる。

2021年5月21日
実測家・建築学博士田中裕也

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書き手:田中 裕也

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